80年代に生まれ90年代の音楽を愛した、心は14歳、体は20代のロック少年が、2000年以降に発売されたロック・ミュージックのアルバムをレビューするこのブログ。
第1回目は、昨年、日本でもデビューアルバムとしては異例の好セールスだった英国のバンド、ザ・フラテリスの『コステロ・ミュージック』です。
日常の重力をちょっとだけ軽くしてくれる8点 永作佳紀
フラテリスの『コステロ・ミュージック』は特に、日本人に受け入れられやすいアルバムだと思う。なぜなら、音楽をあまり聴かないボクが、このアルバムを何回も聴いたぐらいやからね。
ボクは能動的に音楽というものを聴かない人で、ボクにとって音楽は環境音としてしか存在しなかった。ロックもクラシックも、その他いろいろある音楽も聴くというより聞こえてくるという感じ。
だからボクはこの「放課後、図書館ロックミューッジック。」をきっかけに今までと違う音楽の聞き方をしたいと思います。というのはアルバムを始めから最後まで通して聴くということ。そして音楽に耳を澄ませるということ。
そしてアルバムの話に戻るんやけど、あのね、やっぱりと言っちゃあ、なんやけど、アイデアの宝庫というか衝動の宝庫というかフラテリスを聞いてそうゆうことを思ったわけですよ。
そしてこのアルバムを聴いて思ったことを箇条書きにしてみます。
・か細いギターとシンプルな音は誰をもの心をつかむ
・ボクの中のポップというコトバがずばり当てはまる1曲目
・重力が軽くなるような、そんな楽しい気分にさせてくれる
・その軽くなった気分で身体を動かしたくなる
・なんかノスタルジーを感じさせる
・全体的に軽く聴ける
・気張ってなくて、日常に溶け込むような音楽
そんなことを思った。
文章を書きながら今思うのは、アルバムを聴いているときはイメージがぶわっと広がるが、聴き終わるとすぐにイメージはなくなってしまう、ということ。
そこにどんなイメージが広がっていたのかわからなくなるほど、さらっと あの なんか 楽しい イメージは 消えてしまった。
キリギリス・ミュージック6点 ササキ・タカシ
いったい、ロック・ミュージックと言うものはいつから自意識過剰なショーネンたちのオモチャになってしまったのでしょうか。そりゃもちろん、ロックは反抗の音楽なわけですよ。退屈な日常への反抗。理解できない社会への反抗。それに伴う、行き場のない怒りや悲しみへの反抗。ロックによって救われた人、いっぱいいるんでしょうよ。でもね、だからと言って、カラオケボックスでナルシスティックに叫んだり、夜中に部屋で一人まぶたを閉じながら聴いたりするだけがロックじゃないでしょう。たまにはニヒリストを気取って、怒りとか悲しみとか全て嘲り笑って、飄々と踊ってみたくなる時だって誰にだってあるんですよきっと。
ザ・フラテリス。そんな時は即、彼らの音楽を聴けば良いのです。なにせ、現実にも社会にも、あげくの果てには時代にさえも無関係を装おうことが出来るのが、このアルバムなのだから。間違いなくこの音楽は、童話『アリとキリギリス』のキリギリスが作った、キリギリスのためのロックなのです。どれだけ他人から嫌われようとも、カッコつけながら踊り、騒ぐためのダンス・ミュージックなのです。
さあ、上着を、脱げ。ビールをのどに流し込め。そして、ニヒルな笑みを浮かべながら、踊れ。ちょっと涙目になっても、ステップを踏むのをやめちゃあ、いけないのです。
テーマ:洋楽CDレビュー - ジャンル:音楽
- 2008/02/24(日) 21:19:53|
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